そうようきびにふしてせんりをいたす
(出典:「史記」伯夷伝・索隠)
私は、この言葉は、少し滑稽でありながら真実をついているのではないかといつも思っています。
これは、蒼蠅(あおばえ)は遠くまで飛べないが、名馬の尾にとまれば千里も行くことができる。小人物でも賢者や俊傑の庇護によって功名が立てられることのたとえです。
私は、未だに蒼蠅であり、名馬の尾にとまれていないのが恥ずかしいです。
確かに、生まれながらの名馬である人は一定数存在すると思います。なんでも自分でできる天才に近い人ですよね。
でも、ほとんどの人は、自分だけでは上手くできず、もがいている人が多いのではないでしょうか。
一方、この人は、一見普通そうだけど、なぜこんなに成功しているのだろうか?
なぜ、この子は、急にこんなに勉強ができるようになったのだろうか?
そう思うこともよくありますよね。
その違いは、名馬を見つけることができたかどうかではないでしょうか。
名馬とは、自分の親、師匠、上司、仲間などの人であったり、哲学、文学、音楽などの思想や芸術まで多岐にわたると思います。
その中でも一番大切なのは人との出会いではないでしょうか。
名馬を見つけることは本当に難しいと思います。
自分の高いプライド、社会通念的な、人はこうあるべきという幻想、情報社会により、他人の評価が先行し自分自身の力で物事を判断することができないなどの要因が、人との素晴らしい出会いを邪魔しているのではないでしょうか。
それらをすべて捨て去り、童心に戻り、つらい、苦しい、分からないなど、純粋に他人にぶつけてみて、それを嫌がらずに受け止めてくれる人が名馬である可能性が高いと思います。
名馬に付いて、一気に成功する人もいるかもしれませんが、千里とはいかなくても、1里でも少しずつ進んでいけば、いつかは千里に達するのではないでしょうか。
蒼蠅の私でも、まだ飛躍できる可能性があることを信じて、残りの人生楽しみたいと思っています。
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