ここ数年、イソキサゾリン系のノミ・ダニ経口駆虫薬(ネクスガード、ブラベクト、クレデリオおよびシンパリカ)のテレビ宣伝をよく見るようになりました。おいしく食べられて予防ができるという薬ですね。また、この薬とフィラリア予防薬の合剤でオールインワンタイプの薬(ネクスガードスペクトラ、シンパリカトリオ)も登場してきています。
ネクスガード、クレデリオおよびシンパリカは1か月に1回、ブラベクトは3か月に1回食べさせればよいだけですのでとても便利に思いますね。
しかし、私は、このイソキサゾリン系の薬の使用に当たっては、かなりの注意が必要だと思っています。
まず、これらの薬に疑問を持ったのは、米国FDAから使用にあたって米国の獣医師及び飼い主さんに対してアラート(警告)が出ていることを知ったからです。
このアラートについては、正式な文章で我々日本の獣医師には伝わってきていません。
私は2019年に知ったのですが、正式には、2018年9月20日に、米国FDA CVM(食品医薬品局 動物用医薬品情報センター)が、ウェブサイト上に公開している安全性情報 Animal Drug Safety Communicationを通じて、イソキサゾリン系のノミ・ダニ駆虫薬を投与された犬や猫において、投与後に神経症状(振戦、運動失調およびてんかん様発作)を呈する可能性があるという旨の警告を発しました。
この警告はイソキサゾリン系のノミ・ダニ駆虫薬の使用を控えるよう促すことではなく、投与後に神経症状が見られたケースが複数報告されたという事実を提示したうえで、獣医師と飼い主さんに対し、投与前の動物の健康状態や既往症、併用薬等について考慮しながらイソキサゾリン系駆虫薬の投与が適切であるかどうかを判断しなさいというものです。
一応FDAは、イソキサゾリン系駆虫薬を安全で効果的と言っています。
しかし、死亡例も多く報告されていますし、SNSなどで被害にあった動物の情報がアップされている現実があります。
イソキサゾリン系駆虫薬は、無脊椎動物の中枢神経系における塩素イオンチャンネルのGABA受容体に特異的に結合します。これにより神経細胞への塩素イオンの流入が阻害され、ノミ・マダニは異常興奮により死亡します。
ここでポイントになるのは、ノミ・マダニの神経を異常興奮させ死亡させることです。無脊椎動物と記載されていますが、脊椎動物である犬猫にも100%作用しないとは限りません。おもな副作用が神経症状であることからも疑われます。
無脊椎動物に作用するものが、脊椎動物にも影響が出るものと仮定すると、血液中の薬物濃度が問題になります。簡単に言えば、大量に薬物を飲めば、ノミ・ダニにしか効果がないものも犬や猫にまで影響が出てしまう可能性があるということです。
そこで、ノミ・ダニを殺すために必要な血漿中濃度(LC95:95%致死濃度)と薬物摂取後の動物の最高血漿中濃度(Cmax)を比較してみました。以下にブラベクトのデータを記載します。
ノミに対するLC95 : 20ng/ml
マダニに対するLC95 : 90ng/ml
犬に25mg/kg(基準量)を単回経口投与した場合の薬物動態
最高血漿中濃度(Cmax) :3948(ng/ml)
最高血漿中濃度到達時間 :1日
半減期(T1/2) :12日
投与後3か月以上、血漿中濃度がLC95以上であることが確認されています。
聞きなれない言葉がたくさん出てきて申し訳ありませんが、単純に算数計算して言いますと
犬に基準量のブラベクトを飲ませると、
・約1日後に、最高血漿中濃度(Cmax)が、ノミを95%殺す濃度の約179倍、マダニを殺
す濃度の約43倍まで上昇していること。
・血液中の薬物は、12日間かけて1/2ずつに減少していくこと。
・ブラベクトは、投与後3か月経っても、ノミ・マダニを殺す濃度の薬物が体に残っている
こと。
が言えます。
ブラベクトは、1回の投与で3か月持続効果がある薬物ですので、このような結果になっておりますが、他のネクスガード、クレデリオやシンパリカも、細かいデータはありませんが、同様に、投与後かなりの高濃度に達し、1か月経っても、ノミ・マダニを殺す濃度の薬物が体に残っていることになります。
何らかの神経毒性を示しても不思議に思えません。
もう一つ、イソキサゾリン系駆虫剤の薬物動態に大きな問題があります。
それは、タンパク結合率が99.9%以上ということです。
体に吸収された薬物は、おもにアルブミンというタンパクと結合した結合型薬物と、結合していない非結合型薬物として体中を循環します。一般にこの非結合型薬物のみが細胞膜を通過し薬理作用を示すと考えられております。
ノミやダニは、血液全体を吸血するわけですから、非結合型薬物のみが作用するわけではありませんので作用に問題はありませんが、他のタンパク結合率の高い薬物、例えば、非ステロイド系抗炎症剤、ループ利尿剤、炭酸脱水素阻害剤、一部のACE阻害剤や抗凝固剤等との併用時に問題が起こる可能性があります。
つまり、これらの薬物は、互いに血液中のタンパクとの結合において競合し、非結合型薬物濃度が変化することにより、薬理作用や安全性に変化が起こることが考えられます。
イソキサゾリン系駆虫薬を飲んでいる子に、痛み止め、心不全の薬や肺水腫などに使う利尿剤を飲ませた場合、お互いタンパクを取り合うため、タンパクと結合できない非結合型薬物が増えて、いずれかの薬物の副作用が強く出てしまう危険性があるわけです。
また、他院においてイソキサゾリン系駆虫薬を処方されている動物が、休診などの理由により、本院に来られて、私がタンパク結合率が高い薬物を注射したり処方したりしてしまった場合、最悪なことが起きる場合が考えられます。
さらに、イソキサゾリン系駆虫薬によりノミ・ダニを駆虫するためには、当然吸血されなければなりません。100匹のノミが寄生したら100回吸血されないとすべて落とせないわけです。
本来ならば、吸血されずに駆虫したいですよね。ノミやダニが近づかないようにする忌避作用や皮膚や被毛についた薬物と接触して落とす作用がある薬剤が理想的と言えます。
本院では、滴下タイプの吸収されない薬剤を使用しています。
以上をまとめますと
・イソキサゾリン系駆虫薬は、米国では、神経症状の副作用が出る可能性があることから、
使用に当たりアラートがでている。
・イソキサゾリン系駆虫薬は、摂取後、かなり高濃度の血漿中薬物濃度を示し、排泄が遅
く、動物が常に薬剤にさらされていることになる。
・イソキサゾリン系駆虫薬は、タンパク結合率が異常に高く、他の薬剤との併用に注意しな
ければならない。
・イソキサゾリン系駆虫薬は、吸血されなければ効果を発揮しない。吸血を阻害する薬物で
はない。
このような理由から、本院では、現在のところ一部の動物(凶暴で滴下タイプが使用できない)を除き、イソキサゾリン系駆虫薬は使用しておりません。
テレビのコマーシャルは、ノミ・ダニの駆虫が、あまりにも安全で簡単であることを印象づける安易な演出であり、飼い主さんに誤解を与え、動物たちに危険を及ぼす可能性が心配されます。
製薬会社やマスメディアには、しかりした倫理観を持ってもらいたいと願います。
以上、記載しましたことは、他院を非難するものではなく、また販売の中止を願うものではありません。私の知識に重大な抜け落ちがある可能性もありますので、その点ご了承ください。
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